「ごめんね。なにもわかってあげられなくて」

 こんな言い方をするつもりじゃなかった。突き放すような、引き千切るような声色が、もう戻れないとわたしの心を代弁していた。それでも気の利いた言葉ひとつ返してくれないような彼のことが、わたしはどうしようもなく好きだった。

「分かってほしいなんて、思ってない」

 ああ、もうおしまい。憧れはそのまま、かたちを変えないままでよかったんだ。手遅れになる前でまだマシだったって、そう思えるから、まだ救える。

「……それでもいいって言ったら」

 顔がタイプだった。声に惹かれた。そんな感じの、些細な理由だった。本当の彼なんて、知らないままでよかったのに。

「それでも好きだって言ったら、どうする」

 抱き寄せて、キスなんてしないで。やさしくなんてしないで。恋がかたちを変えてしまう。
 また、あなたを好きになってしまう。

2019.12.01