「鼈甲さん勘弁してくださいって!いくら私が原付持ってるからってソテツの機動力の方が上でしょう!?いい加減呼び戻してあいつに回してくださいよ隣町の葬送なんて! 」
「今日の報酬、一割増しにしますよ?」
「やります」
遺憾だ。非常に遺憾だ。
くそ、今日も言いくるめられた。いやくるめられたわけじゃない、私の意志が弱いんだ。でもローンを返すためにお金は稼がなくちゃいけない。そもそも蘇鉄は今ビアフランカにいるんだった、UMAにふらふら釣られて行きやがって薄情者め。こうなれば多少の無理や無茶くらいは致し方ないじゃないか、と変更のないシフト表を見ながら浅くため息をついた。
*
「オレさ、
郁のこと好きなんだけど」
「……どしたのチカちゃん、ついに頭打った?」
「ついにってなんだよバカにしてんのかよ殴るぞ」
「えっ!バカにしてるってなんでわかったの!?」
「オイふざけんなよゴルァ」
*
『好きなんだけど』
たとえば。たとえば、書類の押印を終えて窓の外を一瞥したとき。たとえば、手合わせ後に構えを自然体へ戻したとき。たとえば、ぎらりと鈍く光る浅打を見たとき。ふと集中していた意識を霧散し他所にやったときに、確かに脳裏を過る銀色。その姿は確かに知っているはずなのに、靄がかかったようにぼんやりと見えて釈然としない気持ちだけがもやもやと胸を占めている。
死神になっても、人間のときの記憶もゾンビになってからの記憶も失くしてはいないし、霊力も変わっていないし五体満足だし、なにも懸念なんてないはずだった。それなのに、いつもどこかで何かを探すように視線を彷徨わせてしまうのは何故だろう。知っている筈の姿を捉えることができないのは何故だろう。
大切だったであろうその記憶の人物の声さえも、ボイスチェンジャーを通したような声色となってうまく思い出すことができない。忘れたいなんて思ったことはきっと今の一度もないのに、今になって、どうして。
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「わたしは、過去に二度、死にました。だからもう、死ぬことなんて怖くないと思えると、思っていたんです」
でも違ったんです、とからだを微かに震わせながらか細く吐露した彼女はつい先日まで果敢に奔走していたようにはまるで見えず、今までにないくらい小さく儚い存在に感じられた。
「やっと理解しました。死ぬ恐怖に慣れてはいけない。慣れてしまったら、わたしは今度こそしんでしまう」
からだではなく、こころが。今にも消えてなくなってしまいそうだと、思った。
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「死んだと思いました」
あの時。双極で市丸の神槍に襲われた朽木隊長を庇ったのは彼女だった。僕はその現場を見てこそいなかったけれど、腹部に風穴を開けて多量の血を流し肉雫唼に取り込まれていた彼女の顔はまるで死人のようでぞっとしたのを覚えている。
「いきてて、よかった」
泣いているのかと思った。濡れたような掠れた声でぽつりと呟いた彼女の表情は髪の毛に隠れて見えなかったけれど、震える声と身体はそれを示唆しているようだった。でも結局、彼女が涙を零すことはなくて、それは強さというよりも泣き方を忘れてしまったかのようで、ああきっと彼女は人に頼って生きるということをできずに今まで生きてきたんじゃないか、なんて漠然とした考えが頭に浮かんだ。
彼女の頭に手を置いたのは無意識。自分が支えてあげたいなどという世迷言は言わないし言えないけれど、せめて彼女が壊れてしまわないように弱音を吐ける居場所を作ってあげれたらいいと思った。
2015.07.26
旧サイトで夢絵にしていた夢主
弓親さんと絡ませたかった