「そういえば」

 さも今思いつきましたと言うように唐突な声を上げたのは柴崎だった。
 今、は堂上班の5人と飲み会の真っ最中であった。なぜ進藤班に所属するが堂上班の飲みに混ぜられているのかは定かではないけれども、恐らく同期組の各三人ということなのだろう。男女共に三人ずつの並びは端から見ればまるで合コンの風景であるけれども、は口に出してしまいそうになったため息をぐっと飲み込んだ。なにが楽しくて知り合いしかいない合コンに彼氏と参加せねばならないのか。自分の右隣には黙りこくったままジョッキを傾ける堂上がいる。いつもの仏頂面とさほど変わらないその表情は、しかし見るものが見れば常よりも眉間に寄せられた皺が少ないことがわかる。ある程度アルコールが回っているらしい。左隣では小牧がにこにこといつも通りの微笑みを携えて枝豆を摘まんでいる。
 話を冒頭に戻そう。

「そういえば、二正はどうして堂上教官とお付き合いされているんですか?二正、好きな方がおられましたよね?確か、陸上自衛隊の」

 傾けていたグラスのウーロンハイを噴き出さなかったのは奇跡だった。

「……ぶ、ごほっ、は、あっ?」

 叫びだすほどではなかったにしろ、すっかり動揺してしまったは噎せながら勢い余ってグラスをテーブルに叩きつけた。がちゃん、と好物の鶏からあげを取り分けていた小皿とグラスがぶつかり耳障りな音が鳴ったけれど、幸いグラスも小皿も割れていない。しかしよかった無事だ、と安堵を漏らす余裕もなかった。そんなことよりも、今しがた柴崎が投下した爆弾の方が遥かに自分の中で重要度が高かったのだ。

「……柴崎、なんでそんなこと知ってるの」
「あ、本当だったんですか?」

 本当もなにも、市ヶ谷駐屯地に自衛官として勤務している陣内理一は叔父である。関係性を簡潔に言えば母の兄弟であって、それ以上でもそれ以下でもない。たとえ理一に懸想していた頃があったとして、しかしそれはがまだ中学生だったときの話である。年齢で言えば14、5の時だ。恋慕の情と憧れが別のものであることを知るのはそのすぐ後のことであったし、それから恋愛感情を持って好きになった人がいないわけではない。ここでは割愛するけれども、少なくとも今は堂上一筋であるし、きっと堂上とて同じだろう。むしろ、そうでなくては困る。

「いつの話をしてるの……もう時効だし、無理に決まってるでしょ、血が近すぎるんだってば」
「でも、その方まだ独身なんですよね?」

 だから彼女はどこからそういった情報を集めているのだろうか。は心なしかぐったりとしながら心底楽しそうな笑みを浮かべている柴崎をじと目で見やった。

2015.11.22
堂郁はいません