スピカ



 ぱん、と音がした。振り返ると予想に反して特別なことなどひとつとしてないいつもの風景があるだけで、てっきり木の実を落とした鳥だとか、小石を投げた子供だとか、そんなのを考えていた俺は僅かに首を傾げた。おかげで立ち止まった俺に気づいた陽日さんも足を止める。どうしたの、と言われて向き直ればふんわりとした赤毛が風に揺れるのを見た。

 通り抜ける公園に人影はなくて、やわらかな日差しと春の空気があった。小さな鳥が嘴で地面をつつく。風が吹くと葉が揺れて、それから陽日さんの赤毛をゆるやかに踊らせる。桜の花びらが舞っていたら、きっときれいな配色だろうと思う。今度、一緒に桜を見に行こうと思った。「陽日さ」ん、こんどいっしょに桜を見よう。俺の言葉は詰まって消える。また音がしたのだ。視界の端にぶらさがる藤の種が爆ぜた。そちらに奪われていた視線を戻すと、「なあに?」目を細めてうすく笑う陽日さんが、あまりにもきれいだった。
 彼女のうしろに、いっせいに藤の花が咲くのを見たようだった。目にうつる世界いっぱいに広がって、やがて散ると桜の花びらになる。思ったとおり、それよりもずっと、きれいだった。せかいが、