綺麗な藤色の瞳が私を映したとき、不思議と恐怖は感じなかった。全てが絵になりすぎる程に繊細で、私は自分が生け贄であることなんて忘れて、その滑らかな肌に、伏せられた睫毛に、緩やかに隆起した喉元に、魅入ってしまっていた。
私の町には十年に一度海賊がやってくる。そして町を守る為にひとりの生け贄が選ばれる。今回はそれが私だった。身寄りはない、愛想もなければ人付き合いも悪い、そんな無い無い尽くしの私が真っ先に選ばれることなんて分かりきったことだった。
「なに、見惚れちゃった?」
「うん」
「ふは、素直でいいね、僕そういう子は好きだよ」
「喋ると半減する」
「うわ、結構生意気」
「まあどうせ最後だし、なに言ってもいいかなって」
「最後?」
「煮るなり焼くなり売り飛ばすなり、お好きにどーぞってこと」
怖くないんだ?と、女性みたいにしなやかな指が私の頤を軽く持ち上げる。それから品定めでもするみたいに視線が上下に流れていった。いくら見て呉れが見るに堪えようが、私の価値なんてたかが知れている。親にも町にも捨てられた、可哀想で、愚かな人間。
生け贄になった娘は奴隷として売り飛ばされる場合がほとんどで、中でも十九、二十歳の女は一等高く売れるのだと昔聞いたことがある。
「怖くないよ、何も」
「死ぬことも?」
「……私が死んでも、誰も悲しまないから」
「ふーん、じゃあ僕が泣いてあげようか?」
「私になんて興味ないくせに」
「正解。僕が興味あるのは僕だけさ。もちろん信じてるのもね」
自信たっぷりの瞳が射抜くように私を見た。私とは何もかもが違う人種。ただひとつ共通していることといえば、人を信じていないこと、くらいだろうか。きっと彼は私よりもずっと人を裏切っただろうし、反対に裏切られてもきただろうし、常に生死の境で生きてきたに違いない。
「生け贄はどうなるか知ってる?」
「奴隷でしょ?一生こき使われるか、内臓売るかどっちかだって」
「はは、うん、だいたい合ってる」
「早いとこ死んじゃったほうがマシかもね」
「じゃあもう一個だけ選ばせてあげるよ」
「なに?」
「僕の女になる?」
耳許に投げ込まれた甘ったるい声は、文字通りの甘言となって脳にべったりと貼り付いて離れてくれない。もしかしたらそれが一番つらいかもね、と軽口を叩くと、渇いた笑い声と一緒に、やっぱり面白いね、という言葉が飛んできた。「この男の女になる」ということや「海賊の女になる」ということ以前に「誰かのものになる」という感覚がそもそも私には理解できないわけで。
「だって興味ないんでしょ、自分以外」
「そうだね。でも傍に置いてあげてもいいって思えるくらいには美しいし度胸もあるし面白いよ、君は」
「それはどうも」
「釣れないね、そういうところも面白い」
どこをどう贔屓目に入っても美しいとは言い難い、綺麗に切り揃える余裕もなく雑に伸ばしっぱなしになっていた私の髪の毛に、優しく手が伸びる。そのまっすぐな視線に捉えられれば、誰も逃げられないということを知っている、ずるい人。頬を掠めた手は、そのまま耳の横をすり抜けて首に触れた。指が触れている場所は、ちりちりと燃えるように熱を持っているような気がする。唇同士がとん、とぶつかった時、彼の耳元で揺れる飾りがシャラシャラと音を立てた。ぬるぬるとした感触が口内を侵食していくのと同じ速さで、私の脳みそもどろどろに溶けていく。だらしなく伸びた銀の糸を舐め取る仕草さえ、全てが、計算しつくされた様に美しい動作だった。
「……さ、どうする?」
「言ったでしょ、煮るなり焼くなり売り飛ばすなり好きにしてって、」
「せっかく選ばせてあげてるのに」
「もう決まってるくせにね」
それも正解、と彼の唇がゆっくりと動いた。
いつか自分の愚かさに、まだ知ることのない愛や恋という感情に、酷く哀れな涙を流すことがあろうと、きっと私は、今日のことを後悔しないだろう。
私は、自分の選択でこの町と過去を捨てて生きてゆく。この海に浮かぶ、血と酒と、宝石にまみれた箱の中で。